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体験するアート(「村上隆の五百羅漢図展」)

世間話

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森美術館で今日まで開催されていた「村上隆五百羅漢図展」。

最終週にようやく観に行った。

www.mori.art.museum

 

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実は六本木での打ち合わせの合間に観ようと平日の昼間に行ったら、最終週ということもあり当日券売り場が激並び!アート好きそうな人たちだけではなく、普通のおじさんやおばさんで一杯。あきらめて夜に出直した(直前は深夜1時まで開館していて、落ち着いて観れた)。

村上さんにとっては(少ーしだけ面識があるので、村上さんと呼ばせていただきます)、2001年の「召喚するかドアを開けるか回復するか全滅するか」(MOT)以来、15年ぶりの国内での展覧会。この好評ぶりは15年間でパワーアップしてきたことの証明であり(最終的に31万人動員とか)、まずは展覧会の大成功おめでとうございます。

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そもそもぼくはもとからアート好きというわけではなく、以前の仕事の関係で観始めた。ファッションとポップアートは割と近しい関係にあり、村上さん×Louis Vuittonダミアン・ハースト×Supreme、さらに最近ではアンディ・ウォーホールUNIQLOなど、規模の大小に関係なく、いつの時代も多くのコラボレーションが行われている。そうしたこともあり興味を持ち、海外出張の度に美術館を巡っていた気がする。

もとから好きだったわけではないので「そもそもポップアートって何?」と考える時期があった。もちろん、ぼくみたいな素人に答が出るわけはないのだが、「アート」という言葉から受ける「感性」という印象よりも、「限りなく練り込まれた時代を反映する表現」、つまりロジックが不可欠なコンセプチュアルなものであるという印象を持つ。

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今回の「五百羅漢図展」も充分にコンセプチュアルなのだが、それよりもなによりも「作品」が持つクオリティに圧倒されてしまった。作品自体が凄いのだ。多分印刷された作品集や展覧会カタログ、WEBや写真などでは伝わらない質感や色彩。これはもう「観る」ではなく「体験する」である。

そして緻密に作られた作品から感じるのは執念であり、こちらの感情が揺さぶられる。

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200名の美大生スタッフと共に製作されたという背景自体も展示のひとつ。製作過程の映像や指示書まで観ることが出来る。映画のメイキングが本編に含まれている感じ。

最後に村上さんが日本の美術シーンを嘆く作品が展示されているのだが、この展覧会に関わった美大生が美術シーンに夢を持てるようになるといいなと、アートに無関係なおじさんながら思った。森美術館という器、そして展示内容、本当に圧倒的で素晴らしい展覧会だった。

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会場を出ると、過去の村上さんのインタビュー映像が流れていた。規模は違えど、最近自分が感じている悩みと近い内容などもあり、なんだか心に響いた。作品もよかったけど、やっぱり村上隆というアナーキーな存在が面白く、惹かれるのだ。

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アートは衣食住と異なり、生きていくために不可欠というわけではない。でも、不可欠ではないから、魅力があるような気がする。デザインやファッションも。