幸せの尺度(佐川元国税長官証人喚問)

f:id:sheepman1130:20180327204420j:plain

佐川元国税長官の証人喚問を見た。

この一年、世間を騒がしている森友問題。個人的には国民主権の政治の根源を問われる大問題だと思っているが、それについて書くと長くなるので別の視点の話を。

 
「まだ森友問題やっているの」

と思っている人もいるだろう。気持ちはわからないでもないが、そこに日本が持つ危機が潜んでいる。国民の政治への無関心。

toyokeizai.net


こちらはフランス人(『フランス・ジャポン・エコー』編集長、仏フィガロ東京特派員レジス・アルノー氏)から見た森友問題に関する記事。第三者視点から書かれているからか、とても勉強になった。ぜひ読んでいただきたい。

「ほかの国々から見ると森友問題によって日本社会がどれほど政治に無関心になったかが示された」

国難突破解散と言われた昨年の衆院選投票率はその証でもあるだろう。多くのメディア(ワイドショーでさえ)で報道された森友・加計問題で政治がフューチャーされたにもかかわらず、戦後二番目に低かった投票率。日本人として失望せずにはいられなかった。結局、こうした問題の一番の根源は国民自身にあると痛感した。

なぜか日本では政治の話はしにくい雰囲気。また「政策」ではなく「政党」が判断の主体になるところが難しい。意見が異なることはあって当たり前。だからこそ「政策」を軸にして意見交換しながらよくしていくことが民主主義だと思うのだが、政党支持に固持して二項対立になりがちなのがなんとも息苦しい。個人的には国民主権の正しい政治をしてくれれば、どの政党でもウェルカムなんだけどね。

ここから本題。

佐川氏を見ていて思うのは、人の幸せってなんだろうということ。

東大に入り、理財局長に登りつめるも、森友問題での国会答弁で虚偽の数々。国税長官になった後も就任会見を開けず、人目を避けるようにホテルを転々とする日々。終いには公文書改ざんの責任を押し付けられ、辞任したうえに証人喚問を受けることに。

人も羨むエリート公務員。お金も権力も手に入れたかもしれない。でも、今の姿は幸せそうに見えない。

ぼくらの世代はいい大学に入って、一流会社に勤めたり国家公務員になることが成功のように教えられてきた。でも、どこまで行っても競争の日々。出世のためにはイヤな上司に媚びを売らなければならないこともあるだろうし、行きたくない飲み会にも顔を出さなければならないかもしれない。大切なのは成果より社内政治。(←ぼくの想像で、実際はわかりませんよ)

どこに自分らしさがあるのだろうかと思ってしまう。

ぼくの周りの人たちは、幸せそうな人たちが少なくない。ぼくも含めて、日々の仕事のトラブルやストレスでイヤな思いをすることもあるだろう。でも、自分らしく、自分の好きな生き方をしているように見える。

時代の移り変わりにより、幸せの尺度が変わってきている。“成功”ではなく、“幸せ”を求める。そんな生き方が時代にマッチしているように感じる。

さて、森友問題はどんな決着を見るだろうか。悪いことをしていなければ、隠蔽なんてしないよね。

PS: 余談になるけど、上記のレジス・アルノー氏の記事内では日本が世界の中で存在感を失いつつある現実が垣間見える。日本はかつてすごかったが、今は衰退していく国。こちらの記事も参考になります。

www.mag2.com